クロード モンタナの作品集!赤、青、メタリックなどの色をよく使用したClaude Montana

レザー、カシミア、シルクなど贅沢な素材を多く使用、ルーズでボリュームがあるファッションは、よりエレガンスを強調。バレンシアガに影響を受けて、チュニック、袖付のソールなどを発表しています。

3160
1

クロードモンタナ : Claude Montana

クロード モンタナ(Claude Montana)は1949年、フランスのパリに生まれる。父はスペインのカタルーニャ出身、母はドイツ人。71年に渡英し、ジュエリーのデザイナーとしてキャリアをスタート。このキャリアがジュエリーとレザーとジュエリーを組み合わせた技術に繋がっている。

76年にコレクションデビューし、79年に会社を設立。ブランド名は自身の名を冠したブランド「クロード モンタナ」とした。
引用元:www.fashion-press.net(引用元へはこちらから)
画像を拡大


ティエリー・ミュグレーなどとともに、80年代を代表するデザイナーと言われ、レディースウェアにおいて、1982年秋冬コレクションで肩を強調した逆三角形のファッションスタイルを打ち出し、「キング・オブ・ショルダーパッド」と呼ばれた。

出典:br.fashionnetwork.com
色使いに優れていると言われ、赤、青、メタリックなどの色をよく使用した。またレザー、カシミア、シルクなど贅沢な素材を多く使用、ルーズでボリュームがあるファッションは、よりエレガンスを強調した。バレンシアガに影響を受けてか、チュニック、袖付のソールなどを発表している。
引用元:www.fashion-press.net(引用元へはこちらから)

1982AWコレクションで肩を強調した逆三角形のファッションスタイルを打ち出しました

画像を拡大

クロード モンタナ

出典:pinterest.com
モンタナは典型的な同性愛者でしたが、保守的な感覚を踏み外すことがなかったので、良識的な西洋社会の富裕層に受けが良かったようですね。スーパー・モデルのウォリス・フランケンとの結婚も政略的なものだったようで、彼女との強い友情関係がベースにあったそうです。残念ながら1996年に彼女の急逝(落下事故ですが自殺のようですね)で結婚生活は幕を閉じ、1997年にはモンタナ自身が破産という憂き目にあったので、それから以後の消息があまり耳に入ってこないですね。
引用元:detail.chiebukuro.yahoo.co.jp(引用元へはこちらから)

スポンサーリンク

スポンサーリンク


1949年 フランスのパリに生まれる(6月29日)
1971年 渡英
     ジュエリーデザイナーとしてキャリアをスタート
1972年 パリに戻る
     「マック・ダグラス」にレザー製の服のデザイン
1973年 ミシェル・コスタとのコラボレーション
     レザー製既製服のデザイン
1979年 「クロード・モンタナ」レディースコレクションを立ち上げる
1981年 「モンタナ・オム」発表
1983年 モンタナ・ブランドのブティックをオープン
1990年 ランバンのオートクチュールを手がける
     (1992年まで)
1993年 モデルのウォーリス・フランケンと結婚
1996年 ウォーリス・フランケンと死別
1997年 自ら経営する会社を閉鎖、破産
1999年 ディフージョン・ラインの「モンタナ・ブルーブランド」を立ち上げる
     売り上げが伸びず、閉鎖

引用元:maquisato.com(引用元へはこちらから)
画像を拡大

Claude Montana.クロード モンタナ

出典:pinterest.com
画像を拡大

Claude Montana, クロード モンタナ

出典:pinterest.com
画像を拡大

Claude Montana クロード モンタナ

出典:pinterest.com
出展:Youtube

Claude Montana (Part 1 of 2)

1988 Bicentennial Wool Collection Fashion Parade Sydney Concert Hall.

スポンサーリンク

スポンサーリンク

まとめ作者